可能性のど真ん中

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楽しいことを追い求めればいい。でも、楽(ラク)しちゃダメだよ。

こんにちは。24カクです。

最近、筋トレがますます楽しくなってきました。

筋肉は裏切ることなく、鍛えた分だけ付いてきてくれる。これは素晴らしい。

もちろん食事管理に始まり、十分な睡眠と休養(筋トレ頻度)、正しい筋トレフォーム、筋トレメニューの検討等々、筋肉をしっかり成長させる前提は色々とあります。

それら全ての努力が、「筋肉の成長」というわかりやすい形で目に見えるのは単純に嬉しいし楽しい。

ぼくの場合はムキムキ指向なので、カロリー収支プラスでだんだん筋肉が大きくなっていくのですが、これはダイエット・ボディメイク指向の方が正しい筋トレを継続した時に、体重と一緒に体脂肪率(という目に見えるもの)がドンドン落ちて行く感覚と似ているんじゃないかな。

筋トレは人生の醍醐味を教えてくれる

筋トレは人生の醍醐味を教えてくれる。最近ほんとにそう思ってるんです。

それは、辛さや苦しみ、痛みのないところに達成感や充実感、思わず雄叫びをあげたくなるような喜びは存在しないということ。

刺激のない、安定だけの世界にはそれ相応の退屈しかないということ。

だって筋トレなんて辛いことばっかりです。トレーニングしてる時間の9割以上は辛い。トレーニング中は、楽しいなんて感覚はほぼありません。肩や腕や腹筋など限定的な筋肉だけを鍛えてる時は身体にも余裕があるので追い込みが楽しいなんて感覚もなくは無いけど、バーベルスクワットやベンチプレスや懸垂などの大種目をやってる時はほんとに辛いだけ。全身の力とエネルギーを使い切ってひたすら高重量に立ち向かう。そして「このしんどい種目がまだ4セットも残ってるのか。。」という憂鬱だけがある。

でも、そんなツラいことを黙々と続けてるんですよね。


ツラい苦しい痛いの先に達成感が待ってることを知ってるから

充実感というものが、タダで与えられるものではないことを知ってるからです。


人生もきっとそうですよね。

これまでの人生振り返ってもほんとにそうだなって思うことばかりです。

楽しいことを追い求めればいい。でも楽(ラク)しちゃダメ。


数年前、腰の激痛に耐えながらも3泊4日のテント泊登山を全うした時、山頂に登りきった時、思わず雄叫びを上げてガッツポーズをしたことがあります。その時は身体の一番奥の方から爆発的な喜びが込み上げてきて、思わず叫んでしまった。


仕事が全く上手くいかず、結果が出ずにヨーロッパのお客さんのそばに半年ほど張り付いていた時。精神的にやられそうになりながら最後の最後で結果が出た時には、ぼくの中の全て、文字通り全身が喜んでるのを感じました。


いつもそうなんですよね。

苦しみのないところに、痛みのないところに、憂鬱のないところに、ほんとの喜びなんて無いんだと思います。


一度きりの人生、思いっきり楽しめばいいと思うし、楽しいことを追い求めればいいんだと思う。

でも、ほんとに楽しいこと、ほんとに楽しいという感覚は、楽チンの先には無い。

楽チンの先には退屈しかない。もっと言えば「自分の可能性を粗雑に扱った」という後ろめたさと疲労感だけが残る。


楽しいことは楽チンの先には永遠に存在しない。


達成感や充実感、雄叫びをあげたくなる喜び・熱狂という人生の楽しみは、いつもツラさ苦しさ痛みと憂鬱の先にある。


それは、ツライことから目を背けず自分の可能性を信じたから。

そうして自分自身を大切にしたから。


楽しさ、熱狂の源泉はいつもそこにあると思います。


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