可能性のど真ん中

豊富な海外経験から、"常識"に縛られず、独自の視点から日頃感じていることを発信してます。

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子供の才能を伸ばすもの。ピアノレッスンの「規律」と「自主性」。

こんにちは。24カクです。

規律と自主性


子供の才能を伸ばしたい。

子供に関わる方なら、多くの人がそう思いますよね。


子供は可能性の塊


「しつけ」という名のヘンテコな大人の偏見で子供の可能性を邪魔したくない。

自分や他人を傷つける行為以外は、ただひたすら温かく受け入れてあげれたら。
時には我慢しながらも、じーっと優しく見守ってあげれたら。

そうすれば、子供は安心して自分の好きなことを好きなように表現出来る。その本来の生きる力でもって勝手にスクスクといい感じに育っていく。

そう思ってます。

ピアノ教室の先生

うちには小1の娘がいて、2年ほど前からぼくと一緒に近所のピアノ教室に通ってます。

小さな頃から音が大好きだった娘。本屋で売ってるようなおもちゃの鍵盤を嬉しそうに毎日弾いてる姿を見て、ぼくも昔から鍵盤をしたかったこともあり、それなら一緒に習いに行こう!といことで家から一番近くにあるピアノ教室へ。

ホームページを見る限り、今も頻繁にコンクールに出ているようなバリバリの先生。子供向け教室も10年の実績ありということで、安心して行ってみました。

最初の体験レッスンを受けてみて。。

姿勢を正す!
何か教えてもらったら、「はい!」と口で返事を!


こ、これは。。うちの子育て方針からはもっとも遠い、厳しい「しつけ」系の教室。スパルタとまでは言わないものの、むちゃくちゃピリピリした空気が漂ってます。


他の教室にしようかと思いました。もっと優しく教えてくれる先生も探せばいるだろうし、そっちの方が入りとしていいんじゃないかと。
当時通っていた保育園の先生も優しい子供目線な方々ばかりだったし、これは娘にとっても少しショックがデカイかもと。

でも、少し迷ってその先生のところに通うことにしました。

社会へ出たら優しいだけではない、色んな大人がいるしそっちの免疫もつけとかなきゃ。
教育、指導にも色んなやり方があるんだし、厳しいものにも少しは慣れとかないと。
ぼくも一緒に通うし、その点は娘も安心だし大丈夫だろうと。

通い始めて約2年、教室では今でも張り詰めた緊張感の中で演奏しているものの、

家では時にふざけながらも、自主的に楽しんでピアノを弾いてます。

規律と自主性と。

これまで一貫してレッスンで指摘されるのは、

  • 手首を動かさず、指だけ動かす。
  • 楽譜を見る。楽譜の意味をしっかりと理解する。
  • 左手(伴奏)と右手(主旋律)の音量のバランスを考えて。

もう、横で娘のレッスンを聞いていてめちゃくちゃ細かいんです。指摘される内容が。

まさに「規律」そのもの。

レッスン中の先生の顔を見れば「情熱」をもって教えてくれていることが一目でわかるんですが、
その情熱の先は、徹底して「規律」を叩き込むこと。楽譜を正しく読む、正しい腕と指の動きでもって楽譜を再現する。

徹底してこれをやります。


結果、娘のピアノは日に日に上達してます。
コンクール前の集中練習期には、1週間あれば別モノのように上達します。

家で鍵盤に向かう姿も真剣そのもの。集中、没頭。


「規律」は「自主性」に対して別に邪魔しない、共存できるものなんだ。

新たな発見でした。


「規律」を叩き込むことで「自主性」は阻害されない。

子供の可能性は邪魔されない。


最初は徹底して型を真似して、そこではじめてその型を破れる。離れていける。
伝統芸能で「守・破・離」と呼ばれるもの。こういうのがあるんだなと思いました。


今の「規律」をベースに、いつか将来、自由に自分自身を表現できるような演奏が出来たらいいね。


一生懸命ピアノを練習する娘の横顔を見ながら、そんなことを思いました。


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