可能性のど真ん中

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安田純平さんをめぐる自己責任論について。「自己責任」と「迷惑」と。

こんにちは。24カクです。


自己責任。


最近の日本、好きですよね、この言葉。
どうしちゃったの?って思います。


3年4ヶ月ぶりの監禁生活から解放され、帰国されたジャーナリストの安田純平さんをめぐって「自己責任論」が噴出してます。

自ら危険な紛争地域に足を踏み入れ拘束され、その後の監禁生活。

危ない所にわざわざ行って、満足な取材もできずに監禁され、日本政府関係者にも「迷惑」をかけた。(おそらく様々な情報収集等に)税金を使わせた。

捕まるのがわかっているようなところにわざわざ行って迷惑かけちゃって。。

今回の自己責任論、ベースはこんなところですよね。


でも、今回何があったかというと、

  • 1人のジャーナリストが、職業柄その信念に従って仕事を遂行しようとした。
  • 監禁される結果となり、日本政府としても「在外邦人(国民)の救出、保護」という義務を果たした。

これだけのことなんじゃないのか、と思ってます。

一部著名人が「今回の取材は失敗だったんだから、まずは謝罪が必要」といった発言をしてましたが、結果論だけでモノを言う態度はフェアじゃない。


そして、どうしてここまで「自己責任論」バッシングが起こるのか。

とっても不思議です。

ジャーナリストとしての仕事

記者会見の席で安田さん自身が語ってました。

  • 「紛争地のような場所に行く以上は当然自己責任」
  • 「私自身に批判があるのも当然」
  • 「自分の身に起きるものは、はっきりいって自業自得」


それ以上でも以下でもない、その通りの話だと思います。

1人のジャーナリストとして仕事を全うしようとした。ただ、拘束・監禁という結果になってしまった。

自ら入手した情報を持って、その詳細と実態をもっと知りたいと思った。たとえ危険な地域であっても実際の現場に身を置いて取材をし、世界にその実態を伝えようとした。

ジャーナリストとしての役割を果たそうとした。

ここに何かおかしな点があるとは、ぼくには思えません。


日本政府の仕事。国としての責任

在外邦人が国外で困難な状況にある。
それに対して、日本政府は出来る限りの対応をする。

国民の生命の保護。


どんな経緯で困難な状況に巻き込まれたかは別として、政府としては在外邦人を保護する義務がある。

そのための在外公館(領事館、大使館)、その維持に税金が使われる。

今回はそれ以上の部隊が出動したのかも知れませんが、そこも普段納めている税金の範囲内でしょう。


政府として当然の義務を果たした。

それ以上でも以下でもないと思います。


それをことさらに、「迷惑をかけた」「無駄な税金を使った」という態度には、違和感があります。


もしそれを「迷惑」と呼ぶのなら、社会や国家という集合体は、ある「迷惑」を前提に成り立ってるんじゃないのかな?


例えば、会社勤めをする人なら大抵は社会保険に入っているはずで、

  • 全く病院に行かない健康な人も、他人のために健康保険料を払う。
  • 将来自分は受け取れないかもしれない年金を、現在の受給者(高齢者)のために払う。

これらの保険料を使う(病気になる、歳を取る)ことを「迷惑」と呼ぶのなら、社会はそういった「迷惑」を前提に成り立ってるわけで、

「迷惑かけちゃいけない」なんて言っていては、社会は立ち行かない。


「自己責任」と「迷惑」と。

ジャーナリストに限らず、仕事をしている以上、その結果は自己責任。

会社勤めの人もフリーの人も基本は同じでしょう。

結果に至るプロセスにおいて、自らのコントロールが効かないこともある。結果をコントロール出来ないこともある。

そこも含めて結果については全て自己責任。次に活かすという意味合いからも、少し厳しい言い方ですが、そのマインドがないと成長もない。


でも、

「自己責任」だけではやっていけないのも事実。

社会という集合体はそれでは成り立たない。

  • 迷惑かけちゃいけない。
  • 他人に迷惑のかからない範囲で


こんな考え方ばかりに気を取られていては、現実問題として社会は立ち行かないわけです。

海外のいわゆる「危険地域」と呼ばれる場所ではなくても、なんらかの犯罪に巻き込まれる可能性はある。
海外ではなく国内にいたってなんらかの犯罪に巻き込まれる可能性はある。

そんな時、在外公館や政府関係者が動いてくれる、警察が動いてくれる。
動けないほどの病気や怪我をしたら救急車が来てくれる、火事になったら命を懸けて消防隊が来てくれる。それらも税金です。
病院に行ったら保険がきく、歳を取ったら年金がもらえる。


それらを「迷惑」と呼ぶのなら、社会は「迷惑」ベースで成り立っている。


ただ、それだけのこと。

ことさらに「自己責任」バッシングをする必要があるとは思えない。

そんなバッシングの先に何があるのか。何も無い気がします。


今この瞬間、健康な人も若い人も犯罪に遭ってない人も火事にあってない人も拘束監禁されてない人も。。

みんな「たまたま」その状態にあるだけ。


いつ、他人に「迷惑」をかけるかもしれない。


その意味でみんな相対的なところにいるんですよね。絶対的に「迷惑」をかけない人なんていない。


だって、社会はそうして成り立ってるんだから。


そういうことなんだと思います。


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