可能性のど真ん中

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夢や目標を持つってそんなに大切なことなのかな。

こんばんは。24カクです。

  • 夢を持とう!
  • 夢を持ち続けて努力し続ければ、いつか夢は叶う
  • だから、みんな夢を持つべきだ

ぼくが就職活動をしていた当時、社会はこんな言説に溢れていました。

よく知らないけど、今でもそうなのかな?
これから社会人になろうとしているみなさんも、こうした「夢」言説の真っ只中にいるんでしょうか?


学生時代、大学を1年休んで「途上国」と呼ばれる国で海外ボランティアをしてました。

その先に見つけたやりたいこと=夢、
それは「途上国」のインフラ整備に貢献することです!

って、

そんなことを就職活動中の面接で語っていたことを思い出します。

今もインフラ整備という枠内で仕事をしていますし、その意味ではその延長線上にぼくはいます。


でも、それは学生時代に描いていた「夢の続き」にいる、ということなのだろうか?


社会の中に強迫観念として存在する「夢を持ちましょう」キャンペーンに安易に乗っかっただけじゃないの?


最近そんなことをよく考えます。

夢や目標を持つ必要性

あった方がいいんでしょうね、きっと。
夢や目標。

それがあることで今自分のしていることの意義が明確になるだろうし、生活に張りが生まれるかも知れない。
自分の今の立ち位置(夢や目標からの距離)も明確になって、目指すべきポイントが見えているというのは決して悪いことではないと思います。

ないよりは、あったほうがいいんだと思います。


でも、

「夢がない自分」や「目標が見つからない自分」に焦ったり、

夢が明確な友達と自分を比べて何か劣等感や負い目を感じる、

というのはちょっと違う気もします。


少し歳を重ねたせいなのかよく分かりませんが、

夢や目標なんて別になくても大丈夫なんじゃないの?


って、考えたりもします。

少なくとも、社会的な強迫観念として持つべきものではないだろうと。

結局は「自己満足」の世界

就職活動の頃を思い出していて、ある会社の面接でこんなことを答えました。


面接官:「志望動機や自己PRの総括として、それを表す四文字熟語を言ってください」

ぼく:「自己満足」です。


自分が楽しい、うれしい、興味がある、そんな先に誰かの喜びがあればいい。これはきっとビジネスの世界でも同じこと。自分の興味関心(仕事)の先に誰かの喜び(売上)があればいい。結局、「自己満足」なんだと思う。

そんな受け答えをしたことを覚えています。
(その会社には、あっさり落ちましたが。笑)


でも、結局そういうことなんじゃないのかな。

自分の興味関心のあること、嬉しいこと、心動かされること、勝手に時間を費やしてしまうこと。
そういう「自己満足」こそが一番大切なことなのであって、その先にある誰かの共感や喜びというのは2番目以降にしか来ないんだと思う。

自分を大切にすること、そこからしか物事は始まらない。


そして、自分を大切にする、ということに対して「夢」や「人生の目標」なんて大げさなものは別に必要ないんじゃないかな。

「夢」や「人生の目標」を持っていないからって、別に落ち込む必要はないんじゃないかな。

興味・関心のあることに没頭する

目の前の興味関心のあることに没頭する

それこそが幸せなことなのであって、その没頭の前提には必ずしも「夢」や「人生の目標」は要らない気がします。

だから、興味や関心を持ち続けて、

自分を満足させることは何なのかを探し続ける

その好奇心を失わない


それだけで、人生は十分に充実したものになるんじゃないかな。


今のぼくにはブログがあります。
仕事から遅く帰ってきて疲れていても勝手に書き始めている。

「夢」や「人生の目標」なんて大きなものはなくても、ブログという素敵な「自己満足」の世界があります。

そして、そんな「自己満足」を読んでくれる人がいる。そんな喜びがある。

それで十分なのかも。


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