可能性のど真ん中

豊富な海外経験から、"常識"に縛られず、独自の視点から日頃感じていることを発信してます。

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組合せと希少性の関係。大企業から転職してみて。

こんにちは、24カクです。

「希少性」について。

最近よく考えます。
仕事面での希少性。

珍しい、レアな存在であって、代わりのきかないひと。
それによって(勤め人であれば)会社から必要とされる人。他の誰もが持たない専門性をもった人。

ぼくの専門性と希少性

社会人になってからこの歳まで一貫して海外をフィールドに仕事をしてきました。

約5年間の海外駐在の経験も踏まえて、

ぼくの専門は、

  1. (ネイティブレベルからは遠いものの)、一通り英語ができる。
  2. 英文契約知識、実務経験
  3. 国をまたいでの取引における税務知識(契約形態、取引手法による税務リスクへの知識)と実務経験
  4. 貿易業務全般(通関や輸送等の輸出実務、銀行相手の信用状や保証状発行等)に関する知識と実務経験
  5. 海外での多数の打合せ、交渉経験
  6. (どの国に行っても何となく馴染める)。。


と、列挙してみて感じることは、一つ一つを個別に見るとどれも専門性が高いとは言えないということ。

英語の能力では通訳や翻訳のプロにはかなわないし、契約知識では弁護士にかなわない、
税務でいえば公認会計士のほうが圧倒的な知識を有していますし、
輸出通関の実務では通関士にその専門性でまったく追いつかない。


でも、上記項目毎の業務知識、経験に濃淡はあれ、どの項目においても「一通りビジネスで通用するレベル」にはあると思っています。


そして、上記の項目が合わさること、

組み合わされた結果のワンセットとして、希少性が高まっていると思います。


ただ、前職では従業員数が何万人という規模の大企業に属していたため、上記に並べたような仕事をこなせる人間は周りに沢山いました。同じ仕事をしている人が約100人ぐらいいる部署にいたのですが、経験年数によってレベルの差はあるものの、歳の近い人だけで見てもざっと20人ほどは同じレベルの専門性を有していたと思います。


要は、一見して専門性が高いようでいて、代替のきく存在だったわけです。

ぼくが大きな病気や怪我、その他事情で会社に行けなくなっても、少なくとも20人程度の代打要員がいる。

希少性とは、組合せの多さのこと

数年前に数百人規模の会社に転職しました。


結果、上記のような専門性を有した人間は、会社の中でぼく一人になった。


業務知識や経験のレベルは転職の前後で変わらないものの、転職した結果、希少性が高まった


規模の小さな会社(母数の少ない会社)に転職した、という要素が一つ加わっただけで希少性が一気に高まった。ぼくの代わりがいなくなった。


組合せの数が増えたことで、その希少性が高まったわけです


これは、新たな発見でした。

みんな希少な存在

そう考えると、社会に生きる人はみな「希少性の高い」存在なのだと思います。

自分を育ててくれた人、その言動や価値観、生まれ育った土地の慣習や文化、出会ってきた人々、
そこからどんなメッセージを受け取り、どんな行動をしてきたのか、どんな言葉と出会ってきたのか、
その結果世界をどのように見て生きてきたか、どんなことに興味関心を持って、何に困難を感じ、何に喜びを見出してきたか。
何に取り組んで、何から逃げてきたのか。


そういう営みの一つ一つがその人だけのオリジナルなものであり、一人として、同じ背景をもって生きてきた人はいないはず。


そういった無数の営みの一つ一つが、無限の「組合せ」となって人を形作っているのだとしたら。


みんな一人ひとりが希少な存在なんですね、やっぱり。


みんなが希少性をもった存在であること、

その意義は、誰もが誰かの役に立てるということ


「生きているだけで価値がある」というのは、

きっと、そういうことなんじゃないかな。


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