可能性のど真ん中

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素晴らしきこの世界!情に溢れるコミュニティ、岸和田だんじり祭り。

こんばんは。24カクです。

今日は大阪の岸和田までお出掛けして、「だんじり祭り」を見てきました。

数百人単位の人間に曳かれた、重さ何トンもある地車(だんじり)が目の前を全力猛スピードで疾走し、
交差点の急カーブを見事に曲がり切る、地上4メートルはあると思われるだんじりの天井で「大工方(だいくかた)」が優雅に舞う。

このライブ感と迫力が大好きで、毎年見学に来ています。


情に溢れるコミュニティ

岸和田に限らず、大阪南部の泉州地域で毎年9月~10月にかけて行われる、このだんじり祭り。

町内単位で、だんじりを所有、管理し、祭りを自主的に運営、管理、警護する。

これらの地域では、このだんじりを中心に一年が回っている、といっても過言ではなく、
学校や職場を休みにしたりスケジュールを調整したりと、祭りの準備や実施の妨げにならぬよう最善の配慮をする、と聞いています。

だんじりを曳くのは、若い男衆だけではなく、地域の小さな子供たちを先頭に、50代と思われるベテランの方までだんじりの列に加わります。女の子たちも、独特なヘアースタイルでだんじりを曳きます。

まさに「町全体をあげて」、だんじり曳きのカッコよさを町会単位で競っているわけです。

最大の特徴は、このだんじりを通して、地域、世代間で深い絆が結ばれ、情に厚い人が作られるということ。

世代間できっちりと役割が決まっており、子供や若い人達は年長者から教えられ見守られることで育っていく。


そして、「協力」や「隣人への敬意」といった概念を、子供の頃から身をもって学ぶ


これら地域では町内の人たち(すくなくともだんじりに参加している数百人から千人規模の方たち)で、互いに知らない人はいない、といいます。

現在勤めている会社にも泉州出身の方が複数おり、上記のような話をよく聞きます。

確かに情に厚く、親切で面倒見の良い方が多い気がします。

昔ながらの温かさ、人とのつながり

現在の日本では、都会に近づくほど、「隣に誰が住んでいるか知らない」という状況だと思います。

昔からのムラ社会、家父長制といった窮屈さ、鬱陶しさ、不自由さを避け、社会全体で自由を求めた結果、
コミュニティの規模はどんどん小さくなり、自分の親とも別居するのが当たり前、子育ても自分で責任をもって。。

こういう最小単位の世界になりました。


でも、上記のようなコミュニティの存在を知り、ぼくは純粋にうらやましいと感じています


様々な鬱陶しさや不自由さはあるかも知れませんが、少なくとも「孤独感」はないでしょうし、
人とのつながりを常に身近に実感できるというのは大きな安心感だと思います。

また、そういう状態が、社会的存在である人として自然な状態ではないか、とさえ思います。


ぼくは、関西で「ド」のつく田舎に生まれ育ちました。

家の周り一体が田んぼや畑で、家を出ればすぐに雄大な山々の景色が迎えてくれる、そんなところでした。

その田舎の一角にできた新興住宅街に住んでいたのですが、ぼくの母親が近所付き合いを非常に大切にする人柄で、近所の地元の方々とも深く交流していました。

学校から帰ってくれば、うちの家の玄関先で近所のおばあちゃんが腰掛けている。
自分の家の畑で取れた桃やイチジクをくれる、受験となれば「必勝祈願!」みたいな習字を書いてきてくれる、

そんな、人の温かさのある環境で育ちました。

「自分は守られている」という実感がそこにはありました

また来年も

これからも、だんじりの見学には毎年行くと思います。

冒頭に書いた、他では見れないカッコよさと迫力を目の前で感じたい、という思いはもちろん、

実は、このような人とのつながりと温かさのあるコミュニティを見たくて

そういう懐かしい安心感を求めて

ぼくは毎年だんじりに来ているのかもしれない、

そんなことを思いました。

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