可能性のど真ん中

豊富な海外経験から、"常識"に縛られず、独自の視点から日頃感じていることを発信してます。

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ブログを書く理由。それは「自分探し」、ではなくて。

「自分探し」という言葉に昔から違和感があります。

その言葉の前提には、どこかにピカピカのキレイな、他の解釈を許さない、そんな独立した「自分」がいるようで。

そんなもん無いでしょ

という感覚が昔からあります。


就職活動の時の「自己分析」も同じ。

自分の過去を振り返るという意味では、意義のある分析なのかも知れませんが、

当時、「自己分析」をしていていつも感じていたのは、

そんな簡単に「自分」のことなんて分からんから。。

という思いでした。


ブログを書き始めてまだ間もないですが、
その実感は強まりつつあります。


自分の実体験に対して感じたことやその考察をまとめて記事を書く時間というのは、
そのまま自分を見つめる時間になるからだと思います。

「自分」のイメージ

じゃあ、「自分」っていったい何なのか?

人とのつながりから発生する、"関係性"そのもの。関係性の総体。

こんなイメージを持っています。


例えば、昨日の記事で、台風の片付けでボランティアの方々の優しさに触れた話をしました。

その優しさに触れる前の「自分」と、触れた後の「自分」では、違った世界の見方をしている、

人の優しさに触れて、"1人で生きているのではない"、という強い実感をあらたに、世界を認識している。


或いは、娘が生まれる前の「自分」と、生まれた後の「自分」では、これまた違った世界の見方をしていて、

"自分自身より大切な存在っているんだ"、という大発見のもと、世界を見ています。

こうして、「自分」というものは、他者との関係の中で常に変化していて、その変化した「自分」が、また他者に影響を与える(=その他者の「自分」を変えていく)。

そして、そういう他者との間のあり方=関係性が集まり、その総体として「自分」がいる。

総体ごと変化していく。


こんなイメージでいます。

そして、ブログを書く理由

新米ながら、ブログを書く上で最初から決めていたことがあります。

それは、テーマを絞らないということ。

「自分」が他者とのつながりの中で、関係性の総体であるなら、

一つのテーマではとても「自分」というものが滲み出てこないだろうな、と思ったから。

海外ボランティア、育児、英語、台風、日本社会。まだ記事にしたテーマは少ないですが、それらテーマのもとで、他者との関係性として存在した「自分」。


そんな「自分」を精一杯表現したいんだと思います。


明日にはまた別モノになっているかも知れない、今現在の「自分」を切り取って描写したい。


書くことが大好きな「自分」が書いた文章で。


そして、そんな「自分」が誰かの役に立てたら、そんな嬉しいことはないなと思ってます。

自分の好きなことが、誰かにちゃんと届く、喜んでもらえる。

自分のため、が、誰かのためになる。

そんな瞬間を一つでも多く味わいたい。

そう思います。

ブログという歓喜。Blog is my life! - 可能性のど真ん中


ぼくが、ブログを書く理由です。


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