可能性のど真ん中

豊富な海外経験から、"常識"に縛られず、独自の視点から日頃感じていることを発信してます。

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人に合わせて生きるということ。「普通に」それが出来る人。

こんにちは。24カクです。

ちゅーこさんのブログを拝見して、「人に合わせるということ。そのエネルギー」をテーマに書かれていて、

んー。。これはとっても奥行きのある話だなー、

と色々と考えさせられるところがあり、その感想を兼ねてぼくも何か書いてみようと思いました。

lchocolatebox.hatenadiary.com


この記事の中では、

  • 紫色の人: あまりエネルギーを使わず、「普通に」人に合わせられる人。
  • 青色の人:人と合わせることの重要性を理解し、合わせることが出来るが、そのことにとてもエネルギーを使う人。
  • 緑色の人:人と合わせられない人。もしくはその概念を持ち合わせていない(かも知れない)人。

と、人に合わせられるかどうか、そこに使うエネルギーの量として上記の分類を使われています。

以下、文章でもこの色名称を用いますね。

まずは自身の体験と重ね合わせてみる。


海外ボランティアの話を以前に書きました。

心温まる人たちに囲まれて充実した時間を現地で過ごし、帰国。

ボランティア経験を通してやりたいことも明確になり、就職活動して無事に希望の就職先から内定が出ます。

しかし、

しばらくして何が起こったのか、急にメンタルのエネルギーが途絶えてしまい、人と会うのがしんどくて辛いと思うように。。

人と会って話をすること、人に合わせることが、こんなに大変でエネルギーを使うものかと、

強く実感させられた時期でした。

ちゅーこさんの図でいうと、青色、しかも本人にとってはとてつもなく長ーい矢印、そういう状態だったと思います。


そんな時、紫の人たちを見て、

「なんであんなに滑らかに会話が出来るんだろう?」

「笑顔で相槌打ったりできて、すごいなー」

「そんなことして疲れないの!?でも、楽しそうだし多分そこまで疲れて無いんだろうなー。。」


なんて、傍目に見てました。


少し前までは自分もそこまでエネルギーを使わずに、「普通に」振る舞えたのにって。。(紫色の人のように振る舞えた)

「普通に」人に合わせられるということ

今、ぼくは紫色に近いところに戻っています。

ただ、今現在 ぼくも含めてエネルギーをさほど使わずに人とコミュニケーションが取れている人も、

そこは「相対的な」ポジションなんですよね。

きっと。

いつ何がきっかけで、人とうまく合わせるとことが困難になるかも知れない。

青や緑の方に行くかも知れない。

でも、これまでの人生でずっと「普通に」人に合わせることが出来た人には、きっとそれが自明で当然のことだし、さらに身近なところにコミュケーションで苦労している人を見る機会がない、そういう環境で育った人には、その気持ちはおそらく分からないと思います。

怪我したことのない人が、怪我の痛さが分からないのと同じ。

苦労なく人とコミュケーションが取れることを「普通」とするなら、その「普通」は絶対的なものではなく、今現在たまたまそうである、という相対的なものなんじゃない?

というのが、この記事で伝えたかったことです。


そう考えると、他の多くのことも相対的なことですよね、きっと。

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