可能性のど真ん中

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「コミュ障」という言葉。色んな人がいていい。

前回記事で、人に合わせること、コミュニケーションに苦労しない人というのは、たまたま今「相対的な」立場としてそこにいるだけではないか?

ということを書きました。

www.24kaku.com


今回はその続きです。

「コミュ障」という言葉。。

人に合わせること、円滑なコミュニケーションを取るというとこに関して。


「コミュ障」という言葉があることを最近知りました。

「コミュケーション障碍」の略らしいです。。若い人の間で流通してるらしい。。

こういう言葉、使うのやめません??


最初に聞いた時、めちゃくちゃ違和感がありました。

少なくともぼくが20代の頃にはこんな言葉ありませんでした。

別にいいじゃないですか?
コミュケーションが上手くない人がいたって。

「普通の」コミュケーションが、取れない人がいたって良いじゃないですか?

色んな人がいて、社会は成り立ってるわけで。

こういう新しい言葉=概念、−しかも何かを区分/区別するような概念− が出てくることで、新たな差別に繋がらなければいいのに、と思います。


もちろん綺麗事ばかり言うつもりは無くて、そりゃあ生きていれば、

「うっとうしいやっちゃなー」

「気効かんやっちゃなー」

なーんて、思うこともありますよ。

でも、そういう人も含めて、社会、ですもんね。


そして、表現の仕方は本当に人それぞれだと思います。



色んな人がいていい。

海外の人たち、外の考え方と普段から接していて、日本社会に通底する同調圧力、"世間体" 概念の強さに違和感を感じることしばしば。


学校教育しかり。。


いいじゃないですか、人に合わせることが苦手な人がいたって。


そういう人には、「人に合わせる」ではなく、また別の表現方法があるんだと思います。


今回、ちゅーこさんの記事を読んで
色々と考えさせられました。

ありがとうございました。

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