可能性のど真ん中

豊富な海外経験から、"常識"に縛られず、独自の視点から日頃感じていることを発信してます。

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海外に興味を持ったきっかけ。大学選び。自己紹介の続き-その1

こんにちは。24カクです。

初記事(⇨ブログ始めました!可能性のど真ん中で。 - 可能性のど真ん中)の自己紹介の続きです。

これまで海外と深い関わりを持って生きてきました。

学生時代には、海外からの留学生と日本人学生を結ぶ場として学内で簡単なイベントを企画したり、1年休学して海外でボランティアをしたり。

今も海外営業として、日常的に海外の方と仕事をしています。


きっかけは高校の国語の授業

高校の国語の授業で使っていた教科書に、以下のような記載が。

「色の認識は国や民族によって異なる。それは文化の差異に起因する」

「例えば虹は何色に見えるか?日本では七色。これがアメリカに行くと6色。他の国へ行けば3色、2色(暗い色と明るい色)になる」

「これは、色の見方、捉え方がそれぞれの国、民族の文化がベースになっているから。文化が違えば色の見え方、つまり世界の認識の仕方も違う」

ざっくり、こんな内容でした。

虹が2色!?
国が違えば色の見え方が違う!?

自分の"常識"は、他の国に行けば常識ではなくなる。。

これだけ国際化が進み、日本ではインバウンドで海外の人達との接点も増えた今では当たり前のことかもしれませんが、当時のぼくには衝撃でした。。


そして大学選びと受験

周りの友達は、
「取り敢えず自分の偏差値で行ける大学」

「学部選びは、就職に有利だから経営学部で」

こんな感じで大学を決めてましたが、
ぼくにはよく分からず、とにかく自分がやりたいこと、勉強したいことをしようと。

だって、大学って学ぶとこなんでしょ?
(ま、時間は豊富にあったので沢山遊びましたがww ただ、当時そう思ってたということです)


そこで思い出したのが上に書いた高校の授業。

世界の文化を学びたい。
世界を知りたい。

1.学部は国際系

2.家庭の経済事情から私立は厳しそう

こんな理由で受けるべき大学は自然と決まりました。

が、そこは難関大学。。。

当時アホだったのに実力に見合わない受験となったため、1度目の受験はあえなく敗退。。

まあ、高校時代に勉強した記憶なんてほぼ無かったので仕方ないです。

1年間浪人して、目指した大学に無事合格するのですが、浪人時代はほんとによく勉強しました。

朝起きて予備校へ。
授業を受けて、終わったら図書館で勉強。
帰って晩御飯を食べたらまた勉強。
日付が変わって1時頃に就寝。
毎日1日12時間は勉強してました。

食事と睡眠以外の時間はほぼ勉強に費やしてました。


大学での授業

大学の授業は楽しかった。

目からウロコ。。

世界各地の文化論はもちろんのこと、言語学や社会学、政治経済学など、様々な学問を学べるところで、

文化人類学:
「痰は喉元にある時は飲み込めるが、一度口の外に出した後は、『汚くて』飲み込めない。同じ痰なのにどうして?そこには文化的な意味づけが?」

言語学:
「言葉が無ければ、人はそもそも考える、ということが出来ない」
「『は』と『が』の違い」

社会学:
・資本主義の発生起源
・権威とは?


生まれて初めて、学ぶことの面白さを知りました。

分かってるようで分かっていないこと。

全く分かってないこと。

知らないことを知る喜び。

これは当時のぼくにとって非常に大きな発見で、その後の読書好きに繋がります。

世の中、自分の知らんことばっかり!

色んな授業を受けた結果、ゼミは社外学的視点から政治経済を研究している先生のゼミに入りました。

「市場経済に対する政府のあるべき役割は?どこまで政府は介入すべき?」

「市場経済って、民主主義とセットなの?」

「民主主義って?民主主義で、ほんとに『平等』『公平』な世界は実現出来るの?」


こんなことをテーマに学んでました。

上記テーマの議論にあたって、当時使っていた本です。

市場対国家―世界を作り変える歴史的攻防〈上〉 (日経ビジネス人文庫)

市場対国家―世界を作り変える歴史的攻防〈上〉 (日経ビジネス人文庫)

  • 作者: ダニエルヤーギン,ジョゼフスタニスロー,Daniel A. Yergin,Joseph Stanislaw,山岡洋一
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
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満足の文化 (ちくま学芸文庫)

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当時、そこはまだ出来て間もない新しい学部でしたし、その学部に入った後の就職先など保証されていない。(前例が少なすぎてOBがほぼいない)。

そういう場所にわざわざ頑張って勉強して入ってきた仲間たちに囲まれて、あーだこーだと議論するのがとっても楽しかったし、知的好奇心を掻き立てられました。

ゼミでは、上記のようなベースから、1人ずつ関心のあるテーマを絞り込んでいくのですが、ぼくが関心のあったのは発展途上国の問題でした。

「人は生まれる国をそもそも選べないのに、経済的、政治的に恵まれない国に生まれたというだけで、その国の人々が様々な不利益を被っている」

「たまたま経済的、政治的に恵まれた国に生まれた人たちは、逆にその既得権益を守るのに必死。。これって何なの?」

「そもそも、『貧しい』ってどういうこと?」

こんな問題意識のもと、休学⇨海外ボランティアへと繋がっていきます。

長くなったので、続きは記事を分けますね。


と、ここまで書いてみて、こんな文章、誰か興味を持って読んでくれるんだろうか?という、一抹の不安。。

ただ、どんな人が書いたのか分からないものって、ただの「お役立ち情報ブログ」以上にはならないのかなーって。

そういう情報は、それぞれ個別の歴史や物語を持った「個人」が書く必然性が特に無いのかなーって。

そんなことをブログを始める前に思ってました。

なので、まずは最初は自分について書こうと思ってました。

⇨次の記事へ続く
海外に興味を持ったきっかけ。休学と海外ボランティア。自己紹介の続き-その2 - 可能性のど真ん中

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